聖地旅順と帝国の半世紀
『聖地旅順と帝国の半世紀』渡辺浩平著 白水社

旅順の中心部に<白玉山>といふ標高百三十㍍の小山がある
現在 白玉山塔と言はれてゐる塔は
日本が日露戦争戦没者追悼のために建立したもので
明治四十二年(一九〇九)に完成されたものである



発案者は乃木希典と東郷平八郎で
当時は<表忠塔>と名づけられた
塔の形は ロケットに見えるが<ローソク>で
尖端は 砲弾をかたどってゐる

塔内に入ると 螺旋階段二七三段があり
登ると 旅順港が 一望できる
展望台の欄干には 陸軍の記章である
五芒星(魔除け)が 埋め込まれてゐる



旅順は
明治三八年(一九〇五)から昭和二〇年(一九四五)の四〇年間 日本の租借地であったが
昭和二〇年八月二十二日にソビエトが進駐し
昭和三十年まで ソビエトが統治してゐた

<聖地旅順>の完成は
昭和十九年(一九四四)一〇月一日
ここ旅順に 関東神宮の鎮座祭が おこなはれた 

神社は 明治初年に 以下の五つが生まれた

 無格社…一 
 村社 …二
 郷社 …三
 府県社…四
 官社 …五 最も格式ヽ高い神社
 

関東神宮は 最も格式の高い官幣大社である
日本国外に建立された官幣大社は
 台湾神社
 樺太神社
 朝鮮神宮
 パラオ コロール島の南洋神社がある

○台湾神社
 ①明治三十四年(一九〇一)十月二十七日鎮座
 ②所在地 圓山大飯店の辺り
 ③北白川宮能久親王



○樺太神社
 ①明治四四年(一九一一)八月二十三日鎮座
 ②所在地  樺太豊原町旭ヶ岡(大泊より北)
 ③大國魂命 大己貴命 少彦名命



○朝鮮神宮
 ①大正十四年(一九二六)十月十五日
 ②朝鮮京畿道京城府南山
 ③天照大御神 明治天皇



○南洋神社
 ①昭和十五年(一九四〇)二月
 ②コロール島アルミズ高地
 ③天照大御神 明治天皇



○関東神宮
 ①昭和十九年(一九四四)十月一日・鎮座
 ②旅順
 ③天照大御神 明治天皇



真っ赤な嘘月が 世界の中心となって世界制覇を狙った足跡が
右の史実 
しかし 真っ赤な嘘月を中心とする万国制覇は中途終了
敗戦といふ形で終了した
それは 世界を平和にするどころか
南方・アジア方面で 激しい戦乱を引き起こす種となった
平和にほど遠い世界となった

もし<六王>が開発されてゐたら…
南方・アジアに このやうな悲劇は 置きてゐないだらう



<六王>とは和王へのへのもへじが 
<常世の幟>の文字になったもので 平和のシンボルと言へる



二〇三高地に 砲弾の形をした塔が聳え立つ
名を<爾霊山(にれいさん)>と言ふ
名は(二〇三・にれいさん)に由来し
意味は 爾(君たちの霊の山)であると言ふ



明治三十七年(一九〇四)十一月三十日
乃木の次男・乃木保典 二百三高地にて他界

乃木の長男・乃木勝典は 半年前の五月二十七日
金山の戦にて他界してゐる

今と つくづくふな?と思ふ所は
亡き人を弔ふ意識である
亡き人をつくづく思ふ気持ちである
亡き人を思ふ振りして思ふ心と
心から 亡き人を思ふ ここが今と昔と全く違ふ
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結論
 台湾神社も
 朝鮮神宮も
 樺太神社も
 南洋神社も
 関東神宮も消えたが
 白玉山塔と爾霊山は 歴史が遺した
 何故か?
 乃木の死者を弔ふ厚い思ひが遺したのだらう

 日の丸の振りをした偽物の真っ赤な嘘月は
 みごとに 歴史が闇に葬ったが
 未だに 偽物に気づかず本物の日の丸と誤認する人が多い
 だから 遠い昔の日本を思ふことができない
 残念で 残念で そして情けない
 武装兵力を以て 平和を守ると息巻く人の心に
 亡くなった人への思ひやりを少しも感ずることがない
 多くの日本人に 今の武装兵力保有論者の
 思ひ遣りなき心に 一日でも早く気づいて欲しい



大連北部に<南山>有り
ここで乃木の長男・勝典は 負傷し他界
大連と旅順は 随分と離れてゐる
地図の<旅順>の北部に<白玉山塔>がある
 
 

 
























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