勝負の一手 富士の山
岩田修良
2025/01/02(Thu) 08:50 No.176
『古今集』 平安時代
人知れぬ
思ひを常に
駿河なる
富士の山こそ ←注目
わが身なりけり ←注目
『竹取物語』 平安時代
天に近い山 富士の山 ←注目
鈴木正三 江戸時代
殺生せよ 殺生せよ 問 何を?
刹那も殺生せばれば
地獄に入ること 答 地獄に入る矢を!
矢の如し
鈴木正三 江戸時代
さし出づる (地獄の矢は)指すと出て来る
矛先折れよ その『矛先』折れよ!
ものごとに ものごと『二』(指折りの二)
己が心を (富士山は)
金槌にして 見ようによっては『金槌』にも見える
抜隊得勝(ばっすいとくしょう) 南北朝時代
萬象森羅
只一法之印
①只 ロハ ワハ ○ハ パ パー
只 右
右手は『パー』 つまり印無し
②一法
十一しヽ・一シ
さ しヽ・一指
左 指ヽ・ー指
この指止まれ!の1指
③之
二ノへ
フし山
富士山
④印


文献論証

『興禅護国論』 栄西
『文殊問経』に曰く
この法は 不思議にして
心意識を離る
一切の言語を断ずる
『法華経』に曰く
言をもって宣ぶべからず
栄西
禅宗は
只 心印を伝ふ
『大般若経』に曰く
言語あること無きを名づけて
仏法とす
『大智度論』に曰く
般若波羅密は
念も
想も
観も 除き
言語の法も また滅す
無量の衆罪除き 清浄にして常に一
よく『般若』を見る ←注目
印に般若
すなはち角有り
『解説経』に曰く
言説を離る
『文殊問経』に曰く
この法は不思議にして 心意識を離る
一切の言語を断ずる
これ『般若』を修行するなり ←注目
富士山の中に
般若あり
平和
禾…さしノ
左指の
平…一十ハ
一ロハ
いろは 母=いろはと読む『以呂波字考録』
母
ロ…二二
フし
富士
平和=左指の母(いろは)富士
つまり
左手の母指の富士
医王=エノ・一十ハ・二し
左の・一ロハ・フじ
左の・いろは・富士
左の・母 ・富士
左の母指 ・富士
父=親指
母=人差指
兄=中指
姉=薬指
子=子指
始者
始の絵の五話
のの 山山
さま 紺空
ほっこり 眼詩
大日 ○
のらい 日輪笑詞
人々
庭鶴の葉 ののさま
隣鶴の葉 ほっこり
木木 大日のらい
↓ ↓
くぬぎの手紙 副題・主題
和たぐ新聞 副題・主題
↓ ↓
左の母(いろは)富士
結論
この一手で
武断政治に勝つ
岩田修良
2025/01/02(Thu) 09:38 No.177

『興禅護国論』 栄西
『文殊問経』に曰く
この法は 不思議にして
心意識を離る
一切の言語を断ずる
『法華経』に曰く
言をもって宣ぶべからず
栄西
禅宗は
只 心印を伝ふ
『大般若経』に曰く
言語あること無きを名づけて
仏法とす
『大智度論』に曰く
般若波羅密は
念も
想も
観も 除き
言語の法も また滅す
無量の衆罪除き 清浄にして常に一
よく『般若』を見る ←注目
印に般若
すなはち角有り
『解説経』に曰く
言説を離る
『文殊問経』に曰く
この法は不思議にして 心意識を離る
一切の言語を断ずる
これ『般若』を修行するなり ←注目
富士山の中に
般若あり
平和
禾…さしノ
左指の
平…一十ハ
一ロハ
いろは 母=いろはと読む『以呂波字考録』
母
ロ…二二
フし
富士
平和=左指の母(いろは)富士
つまり
左手の母指の富士
医王=エノ・一十ハ・二し
左の・一ロハ・フじ
左の・いろは・富士
左の・母 ・富士
左の母指 ・富士
父=親指
母=人差指
兄=中指
姉=薬指
子=子指
始者
始の絵の五話
のの 山山
さま 紺空
ほっこり 眼詩
大日 ○
のらい 日輪笑詞
人々
庭鶴の葉 ののさま
隣鶴の葉 ほっこり
木木 大日のらい
↓ ↓
くぬぎの手紙 副題・主題
和たぐ新聞 副題・主題
↓ ↓
左の母(いろは)富士
結論
この一手で
武断政治に勝つ


真言内証義

岩波古典文学大系の中に『假名法語』あり その中に
北畠親房の『真言内証義』がある その書より引く
真言が唐朝にありしは 一時のこと
和が国に 弘まること絶ゆることなし
是には 以下の深き理由あり
天地開闢の根源より始まり
天照の鎮座まで
全て この真言と符合す
日域に生を受けて
この宗に遇はんこと
おぼろろげの縁と 思ふべからず
往古より変はらぬ『印言』なり ←注目
この印を修し この印を行ぜむ ←注目
多くの教典が 讃嘆するやうに ←注目
その功徳 甚だ大きい ←注目
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
問題は どんな印を結ぶか まづはその姿
①富士の山(平安)
富士の山こそ
わが身なりけれ
②只蟻の人(江戸)
只蟻の
人はそのまま
仏なり
仏を見れば
只蟻の人
只…右手のパー(グー・チョキ)
蟻…キツネの眼の皺
人…蟻角の下の『人』
・只=ハ○=パ=パー=印無しパー
只=右・パー
・絵を見ながら 又は
富士の山印を結びながら
蟻=キツネの眼に見える皺
つまり『蟻の角』
・角の下にある『人』の字
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーi
私説との違ひ
始者の聲=始の絵の五話
のの 山山
さま 紺空
ほっこり 日輪
大日のらい 日輪笑詞
人々の聲
ののさま 庭鶴の葉
ほっこり 隣鶴の葉
大日 庭鶴
のらい 隣鶴
しかし
始終歌って暮らすはしんどい
史実探究等 研究ができない
そこで開発されたのが『印言』
『人』が歌ふのではなく『印』が歌ふ
つまり
手に『歌ひ手』を こしらへて
その『歌ひ手』に 歌ってもらふ
その『歌ひ手』が 『富士山』に似て居るので
その『歌ひ手』を いや『心印』を
平安の和人は『富士の山』と名づけ
江戸の和人は『只蟻の人』と名づけた
その効能が 甚だでかいので
何とか 古人は 語り継がうと頑張ったが
今では すっかり古人の思ひに気づかず
拝金宗の一宗徒となって
金くれ 物くれ 飯をくれと
賤しい民に 立ち止まる人多し
岩田修良
2025/01/03(Fri) 09:47 No.179

岩波古典文学大系の中に『假名法語』あり その中に
北畠親房の『真言内証義』がある その書より引く
真言が唐朝にありしは 一時のこと
和が国に 弘まること絶ゆることなし
是には 以下の深き理由あり
天地開闢の根源より始まり
天照の鎮座まで
全て この真言と符合す
日域に生を受けて
この宗に遇はんこと
おぼろろげの縁と 思ふべからず
往古より変はらぬ『印言』なり ←注目
この印を修し この印を行ぜむ ←注目
多くの教典が 讃嘆するやうに ←注目
その功徳 甚だ大きい ←注目
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
問題は どんな印を結ぶか まづはその姿
①富士の山(平安)
富士の山こそ
わが身なりけれ
②只蟻の人(江戸)
只蟻の
人はそのまま
仏なり
仏を見れば
只蟻の人
只…右手のパー(グー・チョキ)
蟻…キツネの眼の皺
人…蟻角の下の『人』
・只=ハ○=パ=パー=印無しパー
只=右・パー
・絵を見ながら 又は
富士の山印を結びながら
蟻=キツネの眼に見える皺
つまり『蟻の角』
・角の下にある『人』の字
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーi
私説との違ひ
始者の聲=始の絵の五話
のの 山山
さま 紺空
ほっこり 日輪
大日のらい 日輪笑詞
人々の聲
ののさま 庭鶴の葉
ほっこり 隣鶴の葉
大日 庭鶴
のらい 隣鶴
しかし
始終歌って暮らすはしんどい
史実探究等 研究ができない
そこで開発されたのが『印言』
『人』が歌ふのではなく『印』が歌ふ
つまり
手に『歌ひ手』を こしらへて
その『歌ひ手』に 歌ってもらふ
その『歌ひ手』が 『富士山』に似て居るので
その『歌ひ手』を いや『心印』を
平安の和人は『富士の山』と名づけ
江戸の和人は『只蟻の人』と名づけた
その効能が 甚だでかいので
何とか 古人は 語り継がうと頑張ったが
今では すっかり古人の思ひに気づかず
拝金宗の一宗徒となって
金くれ 物くれ 飯をくれと
賤しい民に 立ち止まる人多し


『塩山和泥合水集』

岩波思想大系『中世禅家思想』の中に
『塩山和泥合水集』あり 以下これより引く
八萬四千の煩悩は
意識を以て根本とす
意識は『火地』なり
金くれ 物くれ 飯をくれ
この賤しい民の意識は
『火地』から生まれてゐる
こんな考へが有った
ならば
年末年始の『火事』も
いやいやこの世の『火事』も
『火地』から生まる かう考へていいだらう
岩田修良
2025/01/03(Fri) 10:05 No.180

岩波思想大系『中世禅家思想』の中に
『塩山和泥合水集』あり 以下これより引く
八萬四千の煩悩は
意識を以て根本とす
意識は『火地』なり
金くれ 物くれ 飯をくれ
この賤しい民の意識は
『火地』から生まれてゐる
こんな考へが有った
ならば
年末年始の『火事』も
いやいやこの世の『火事』も
『火地』から生まる かう考へていいだらう


煩悩の火種と禍の火種
岩田修良
2025/01/03(Fri) 16:22 No.181
「煩悩の火種」と
「禍の火種」を分けて考へてみる
①煩悩の火種(火地)
殺生せよ 殺生せよ
刹那も殺生せざれば
地獄に入ること矢のごとし
結果=「富士の山」の心印となる
ここから推測すると…
煩悩の火種=人(差指)の先の『火種(火地)』
なるほど
『富士の山』の心印なら
「煩悩の火種(火地)」は 断たれてゐる
もう少し正確に語ると
火種(火地)は 生まれず滅びず これが的確な表現
②禍の火種
これは 四界に座する火輪
今の国旗
『古事記』がいふ「禍津日神」
『清水寺縁起』がいふ「蝦夷の日の丸」
「禍の火種」を分けて考へてみる
①煩悩の火種(火地)
殺生せよ 殺生せよ
刹那も殺生せざれば
地獄に入ること矢のごとし
結果=「富士の山」の心印となる
ここから推測すると…
煩悩の火種=人(差指)の先の『火種(火地)』
なるほど
『富士の山』の心印なら
「煩悩の火種(火地)」は 断たれてゐる
もう少し正確に語ると
火種(火地)は 生まれず滅びず これが的確な表現
②禍の火種
これは 四界に座する火輪
今の国旗
『古事記』がいふ「禍津日神」
『清水寺縁起』がいふ「蝦夷の日の丸」


『萬民徳用』
岩田修良
2025/01/03(Fri) 18:01 No.182
岩波古典文学大系『仮名法語』の中の
鈴木正三『萬民徳用』より引く
煩悩の火種 人指の爪赤・矛先
己を思ふ心 人指の爪赤・矛先
不浄穢悪 人指の爪赤・矛先 として読まれたし
修行の道 千差万別なりといへども
肝要は 唯身を思ふ念を退治するの他無し
苦の根源は『己』
己を思ふ『一念』なり
これを知って力を出し
この『一念』を滅却する
己とか 煩悩の火種とか 一念を
観念として捉へるのではなく
『実体』として捉へ
その『実体』を 勇猛果敢な心で エイ!と截断する
と言っても 截断はできない
だから その実体を 生まれず滅びずといふ
すると 金剛とか 仁王の形相が生まる
これを悪魔降伏の体と言ふ
煩悩に悩まぬ人は誰もゐない
皆 煩悩に悩まされて来た
だから 煩悩の火種を断つ技が開発された
しかし その火種は 截断できぬ
だから 古人は「生まれず滅びず」と表現した
そこには
キツネとも
金剛の形相とも
仁王の形相とも言はれた 形相があった
正三は このキツネの様な眼を
悪魔降伏体と言った
昔は『般若』と言った
江戸時代は 二本の蟻の角とみて『蟻』とも言った
これらの心技が忘れられ
国旗も『禍の火種』となり
人心も 世の中も荒れた
それが今の姿である
只蟻の
人はそのまま
仏なり
仏をみれば
只蟻の人
鈴木正三『萬民徳用』より引く
煩悩の火種 人指の爪赤・矛先
己を思ふ心 人指の爪赤・矛先
不浄穢悪 人指の爪赤・矛先 として読まれたし
修行の道 千差万別なりといへども
肝要は 唯身を思ふ念を退治するの他無し
苦の根源は『己』
己を思ふ『一念』なり
これを知って力を出し
この『一念』を滅却する
己とか 煩悩の火種とか 一念を
観念として捉へるのではなく
『実体』として捉へ
その『実体』を 勇猛果敢な心で エイ!と截断する
と言っても 截断はできない
だから その実体を 生まれず滅びずといふ
すると 金剛とか 仁王の形相が生まる
これを悪魔降伏の体と言ふ
煩悩に悩まぬ人は誰もゐない
皆 煩悩に悩まされて来た
だから 煩悩の火種を断つ技が開発された
しかし その火種は 截断できぬ
だから 古人は「生まれず滅びず」と表現した
そこには
キツネとも
金剛の形相とも
仁王の形相とも言はれた 形相があった
正三は このキツネの様な眼を
悪魔降伏体と言った
昔は『般若』と言った
江戸時代は 二本の蟻の角とみて『蟻』とも言った
これらの心技が忘れられ
国旗も『禍の火種』となり
人心も 世の中も荒れた
それが今の姿である
只蟻の
人はそのまま
仏なり
仏をみれば
只蟻の人

