令和2年11月13日 シベリア抑留
日本を良くする ネット縦書新聞
   東 和
第九号
 発行 私塾鶴羽實
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 編者 岩田修良
 カナ ア=@ ドレス=ドット
みるだらう」
 保坂は この無思想な日本人のありさまを「日本人の国民性とも言ふべき欠点が現れた」と言ひ 「抑留者の中には 赤化教育によって 初めて日本軍国主義がわかったと言ひ 思はずスターリン万歳を叫んだと告白するものが多い」と 日本人の欠点に注目した その あからさまな実態を 昭和二十三年に 引揚船高砂丸に見た保坂は その様子を かう語る
 「引揚船が舞鶴につくと 出迎へに来て居た肉親は 異様な光景を見た 帰国者は 頑なに日本政府の示すさまざまな書類にもサインしない なかには 日本共産党の指令がなければ何も出来ないと座り込む者もゐる 下船しても喜びをみせない 家族に向かって共産主義を説き 日本での共産革命を呼び掛けたりする コミュニズム万歳を叫んだりする なかには 舞鶴に上陸してそのまま 東京代々木の共産党本部に駈けつけて共産党に 入党するものがあった」
 この赤化教育は ドイツ人やイタリア人にも行はれたが それを拒否する兵士が多く 日本人の様に 共産主義思想に 易々と染まり行く光景はなかったと保坂は言ふ
 このソ連の赤化教育を批判する者もゐるが 違ふと思ふ 困った時 思考停止した時 日本人は 権力者に従ふことを以て正義とする癖があるのだ 今 日本はコロナ禍で困ってゐる だから若者は無批判で政権にスガりつき 政権思想に自ら染まらうとしてゐる