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岩田 令和二年四月七日(火)二十時二十分 八十五通[左頁(返信)]
塾が楽しい
只今 中一中二の授業中
一問一問 数学の問題の式を見ながら指導してゐる
その授業中に 是を書いてゐる
皆 一生懸命にやってゐるので
静かな活気がある 久しぶりの感覚だ
やはり 馬鹿野郎 こんなのできねえのか とか
いいぞ いいぞ と景気のいい聲が 教室に響く
三年振りの活気である 
青空の詩のお蔭もあるのか
妙に 活気がある 塾が楽しい

----返信のお便り----------------------------------------------------------
 特別日課と心の武器
また小中高が二週間休校
八時から十一時 そしてサイクリングの特別日課
磐田に 上陸するのも間近
その時 慌てたのでは遅い
今から準備をして置く様に 生徒に伝へてある
私の場合「青空の詩」で闘ふが
そこは クリストでも 南無阿弥陀仏でも
何でもいいから 自分の心の武器を用意して置け
無防備ではやられる これはと思ふ心の武器を
今から用意して置け その時 私の武器も
一つの武器として 参考にして欲しいと伝へてある 

岩田 令和二年四月八日(水)十八時五十七分 八十六通
窪野楓佳 令和二年四月七日(火)十九時四十六分 八十三通[左頁(返信)]
テストです
明日は課題テストです ここからは結構テスト三昧になるので憂鬱な気分です
7都道府県では緊急事態宣言が出されました 5月6日までって結構期間ありますよね 学生だったら学力の差もこの休校期間の間にも結構開いちゃいますよね 気の毒です

----返信のお便り----------------------------------------------------------
 為政者に従ふか否か
いざといふ時 為政者の言ふ事を素直に聞く人と
聞かぬ人にわかれます 近くは 大東亜戦争
もう 為政者の言ひなりに懲りた筈ですが
またまた 自分の頭で考へず 
専門家といふ表現に リードされ 戸惑ふ
コロナに打ち克つ「青空の詩」を忘れてゐる
この騒動は 太陽と青空の闘ひ
太陽の音色=ノしノしコノコヘ
青空の音色=子の日輪一大
よつて この音色でコロナ(太陽の子)に
勝てると考へてゐます 

 

岩田 令和二年四月七日(火)二十時七分 八十四通
岩田 令和二年四月六日(月)九時十八分 七十九通[左頁(返信)]
令和の色葉三昧
色葉三体
 角丸四角=こノ二ロ
 浮世絵 =偉(絵良)
 紺色日輪=大(王)
色葉三昧
 この二ロ(角丸四角)
 偉(絵良)
 大(紺色日輪)

萬物 古都の日輪に帰る

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岩田 令和二年四月六日(月)九時十七分 七十八通[左頁(返信)]
昔の色葉三昧
色葉三体
 色葉=羽の皺=この二葉
 い指=い
 空=大(心王の意味)
色葉三昧
 この二葉(羽の皺)
 い(い指)
 大(空)

----返信のお便り----------------------------------------------------------
岩田 令和二年四月六日(月)九時十六分 七十七通[左頁(返信)]
令和の~(推定)
~=「ワく」「申す」
ワク=「色枠」もしくは「額縁の枠」
~の歌
 仏の枠を「コの二和偉大」と詠む

----返信のお便り----------------------------------------------------------
岩田 令和二年四月六日(月)九時十三分 七十五通[左頁(返信)]
昔の~(推定)
~=「いテ申」す
 =「居天」申す
 =「コノ二ロ 一大」申す
 =「子の日輪偉大」申す
 =「この二葉い大」申す
意味=手の皺こそ「い指」の「王(大)」
昔の~
 手の羽皺を「この二葉い大」と詠む

----返信のお便り----------------------------------------------------------
岩田 令和二年四月六日(月)九時十一分 七十四通[左頁(返信)]
令和の仏(仮定)
仏=「し小ノ」「イ」<改行 />
 =「七の」「人」<改行 />
 =「七の日都(太陽の都)」<改行 />
 =東和の古典の七つ<改行 />
ほとけ=「ほ」と「け」<改行 />
   =「け」と「ほ」<改行 />
   =「十和ノし」と「小ノご○し」<改行 />
   =「東和の七の五十詞」<改行 />
令和の仏=東和の古典五十字(聲無)<改行 />

----返信のお便り----------------------------------------------------------
岩田 令和二年四月六日(月)九時十分 七十三通[左頁(返信)]
昔の仏(推定)
江戸の仏の定義歌
「只蟻ノ人」はそのまま「仏」なり
「仏」をみれば 「只蟻ノ人」

只=ロしノ=和しノ=し+ノ=い
蟻ノ=小さい「ノ」=親指立てた「ノ」
人=心父=親指
只蟻ノ人=い指ノ親指=仏

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岩田 令和二年四月六日(月)九時八分 七十二通[左頁(返信)]
天地之詞
「天地」「之」「詞」
「青空」「こん」「司言」
「青空」「魂」「井テ」「トワ二言う」
「青空」「魂」「居天」「永遠に言う」
居天=コノニワ一大=子の日輪偉大

天地之詞
 青空こそ魂 その音は「子の日輪偉大」
 青空=魂=「子の日輪偉大」と仮定した

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岩田 令和二年四月六日(月)一時二十二分 七十一通[左頁(返信)]
籠池氏の本を読んで
篭池+赤澤氏の『国策不捜査』を読みました 一番着目したところは この事件の背景 それを篭池氏は見事に「産経 正論 WILLの狭い世界観に固まってはいけない」と述懐してゐました 私も 戦後保守に一時期浸り そこから抜け出て来た者の一人だったので 篭池氏の気持ちが良くわかりました 私が この戦後保守から抜け出して 平安から江戸までの文化の姿を探し始めたのは 戦後保守のシンボル 靖国神社と 日の丸を疑ひ始めたことに起因します
 靖国神社は 奥羽越列藩同盟をいち早く脱藩した秋田と関係があります この脱藩ば雷鳴義塾の先導にあり この塾は 幕府に布教禁止とされた平田篤胤の神道を學ぶ所でしたが その門下生か靖国神社に流れてゐました 祝詞を見ると 綺麗に仮名文字を所有してゐた夷の「日高見国」が抜けてゐます 夷の日高見を蛮賊として執拗に攻撃したのは桓武天皇 その桓武を一番尊崇したのが明治天皇 桓武以後 蛮賊をめでたい国として見る そんな文化大革命が平安に起こります ですから「大祓詞」には 夷の「日高見」がめでたい国として歴史に登場します しかし 維新革命政府が創立した靖国神社の祝詞には その夷の「日高見国」が欠落してゐる かな文字を所有してゐた夷(『以呂波字考録』)を蛮賊と見たからでせう ところが 大佛次郎の『天皇の世紀』によれば 幕末 諸外国は 東北の東日本政府を正統政府と見て 西郷たちを革命政府軍と見てゐたと言ひます 革命政府軍が執拗に 東北の会津を攻撃したのは 桓武が執拗に日高見を攻撃したのと酷似してゐます 内乱の戦死者も同時に祀るのが風習となってゐましたが 未だに賊軍は祀らぬといふ靖国神社をみると 日高見の夷を蛮賊とみた桓武帝の再来に見えます
 もう一つが革命政府軍が持ち出した「日の丸」 『大和絵巻物語』だったと思ひますが そこに土佐光信といふ方が描いた蝦夷軍が描かれ 蝦夷軍は船に目一杯描かれた日の丸船に乗ってゐますが その姿は人間ではなく 餓鬼畜生でした 十二 三年前に初めて見た時 何かの間違ひではないかと思ひ 何度も見直しましたが やはり 日の丸を国旗とする蝦夷軍は 餓鬼畜生で変はりはありませんでした しばらくして思ひついたのが 古事記に登場する禍津日~(まがつひのかみ)です そこで私は 禍(わざわひ)を「ロ座輪火」と仮定してみました 見事に四角に座する輪の火が「わざわひ」に見えて来ました それまで 日教組と闘ふことを生きがいにして来た私は 日曜祝日には 日の丸を玄関先に掲げてゐましたが これを機に止めました 「日の丸」に「禍津日~」の疑ひを持ったからです 日の丸を否定する左派諸氏が どうして国宝にまでなってゐる土佐光信の蝦夷軍の日の丸に気づかないのか 不思議でしたが 大東亜戦争の侵略のシンボルとして見て来たので そこで思考停止して 別の観点からの日の丸疑義の提案が出来ないのだと思ひました
 戦後保守のシンボルの靖国神社 そして日の丸 この二つを疑ひ始め 産経 正論 諸君等の戦後保守から離れ 江戸 平安の文化の本質を探り始め 「色葉手習文化」に辿り着きました
 維新革命政府が創立した靖国神社 そして日の丸 ここは 新生日本の建設の時 大いに疑ひ 改むべき所だと考へてゐます
  

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