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岩田 令和二年四月六日(月)九時十一分 七十四通[左頁(返信)]
令和の仏(仮定)
仏=「し小ノ」「イ」<改行 />
 =「七の」「人」<改行 />
 =「七の日都(太陽の都)」<改行 />
 =東和の古典の七つ<改行 />
ほとけ=「ほ」と「け」<改行 />
   =「け」と「ほ」<改行 />
   =「十和ノし」と「小ノご○し」<改行 />
   =「東和の七の五十詞」<改行 />
令和の仏=東和の古典五十字(聲無)<改行 />

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岩田 令和二年四月六日(月)九時十分 七十三通[左頁(返信)]
昔の仏(推定)
江戸の仏の定義歌
「只蟻ノ人」はそのまま「仏」なり
「仏」をみれば 「只蟻ノ人」

只=ロしノ=和しノ=し+ノ=い
蟻ノ=小さい「ノ」=親指立てた「ノ」
人=心父=親指
只蟻ノ人=い指ノ親指=仏

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岩田 令和二年四月六日(月)九時八分 七十二通[左頁(返信)]
天地之詞
「天地」「之」「詞」
「青空」「こん」「司言」
「青空」「魂」「井テ」「トワ二言う」
「青空」「魂」「居天」「永遠に言う」
居天=コノニワ一大=子の日輪偉大

天地之詞
 青空こそ魂 その音は「子の日輪偉大」
 青空=魂=「子の日輪偉大」と仮定した

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岩田 令和二年四月六日(月)一時二十二分 七十一通[左頁(返信)]
籠池氏の本を読んで
篭池+赤澤氏の『国策不捜査』を読みました 一番着目したところは この事件の背景 それを篭池氏は見事に「産経 正論 WILLの狭い世界観に固まってはいけない」と述懐してゐました 私も 戦後保守に一時期浸り そこから抜け出て来た者の一人だったので 篭池氏の気持ちが良くわかりました 私が この戦後保守から抜け出して 平安から江戸までの文化の姿を探し始めたのは 戦後保守のシンボル 靖国神社と 日の丸を疑ひ始めたことに起因します
 靖国神社は 奥羽越列藩同盟をいち早く脱藩した秋田と関係があります この脱藩ば雷鳴義塾の先導にあり この塾は 幕府に布教禁止とされた平田篤胤の神道を學ぶ所でしたが その門下生か靖国神社に流れてゐました 祝詞を見ると 綺麗に仮名文字を所有してゐた夷の「日高見国」が抜けてゐます 夷の日高見を蛮賊として執拗に攻撃したのは桓武天皇 その桓武を一番尊崇したのが明治天皇 桓武以後 蛮賊をめでたい国として見る そんな文化大革命が平安に起こります ですから「大祓詞」には 夷の「日高見」がめでたい国として歴史に登場します しかし 維新革命政府が創立した靖国神社の祝詞には その夷の「日高見国」が欠落してゐる かな文字を所有してゐた夷(『以呂波字考録』)を蛮賊と見たからでせう ところが 大佛次郎の『天皇の世紀』によれば 幕末 諸外国は 東北の東日本政府を正統政府と見て 西郷たちを革命政府軍と見てゐたと言ひます 革命政府軍が執拗に 東北の会津を攻撃したのは 桓武が執拗に日高見を攻撃したのと酷似してゐます 内乱の戦死者も同時に祀るのが風習となってゐましたが 未だに賊軍は祀らぬといふ靖国神社をみると 日高見の夷を蛮賊とみた桓武帝の再来に見えます
 もう一つが革命政府軍が持ち出した「日の丸」 『大和絵巻物語』だったと思ひますが そこに土佐光信といふ方が描いた蝦夷軍が描かれ 蝦夷軍は船に目一杯描かれた日の丸船に乗ってゐますが その姿は人間ではなく 餓鬼畜生でした 十二 三年前に初めて見た時 何かの間違ひではないかと思ひ 何度も見直しましたが やはり 日の丸を国旗とする蝦夷軍は 餓鬼畜生で変はりはありませんでした しばらくして思ひついたのが 古事記に登場する禍津日~(まがつひのかみ)です そこで私は 禍(わざわひ)を「ロ座輪火」と仮定してみました 見事に四角に座する輪の火が「わざわひ」に見えて来ました それまで 日教組と闘ふことを生きがいにして来た私は 日曜祝日には 日の丸を玄関先に掲げてゐましたが これを機に止めました 「日の丸」に「禍津日~」の疑ひを持ったからです 日の丸を否定する左派諸氏が どうして国宝にまでなってゐる土佐光信の蝦夷軍の日の丸に気づかないのか 不思議でしたが 大東亜戦争の侵略のシンボルとして見て来たので そこで思考停止して 別の観点からの日の丸疑義の提案が出来ないのだと思ひました
 戦後保守のシンボルの靖国神社 そして日の丸 この二つを疑ひ始め 産経 正論 諸君等の戦後保守から離れ 江戸 平安の文化の本質を探り始め 「色葉手習文化」に辿り着きました
 維新革命政府が創立した靖国神社 そして日の丸 ここは 新生日本の建設の時 大いに疑ひ 改むべき所だと考へてゐます
  

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岩田 令和二年四月二日(木)九時九分 六十三通[左頁(返信)]
心の三弾銃でコロナを討つ
三弾銃
 心の医師
銃の三弾
 常世ノ(親)鶴(四指)羽(皺)

 この心の三弾銃で「コロナを討つ」

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 心の意思で
明日はついに学校です 春休みが充実したのですごい気持ち的には行きたくないです これも心の医師で打ち勝てたりするのかななんて思ってしまいましたが 心の意思で怠惰の気持ちに打ち勝っていこうと思います こうして思い返してみてもやっぱり今年の春休みは去年以上に充実したなと感じます 数学ですね 去年はもうヒーヒー言いながら数学解いていたので少しは自分の頭で考えて解くことができるようになったのかなと少しだけ成長を感じました

窪野楓佳 令和二年四月五日(日)二十時三十三分 六十八通
 自分の頭
兎に角 自分の頭
出来るだけ自分の頭に頼って見て下さい
分からないときは 青空
おーいおーい 教へてくれよーと
青空に 心中で叫ぶ 
青空が 何かしらヒントをくれます
或いは 心の「意志」を造る
じっと待つと 何かヒントくれます
明治開国以来 理性中心で
青空に頼んだり 心の「意志」に頼る
日本古来の文化が 
くだらぬものと破棄されて来ました
大いに 日本文化を利用してみて下さい

岩田 令和二年四月六日(月)一時十八分 七十通
岩田 令和二年四月四日(土)十六時十八分 六十六通[左頁(返信)]
昔陸軍 今検察
郷原信郎氏のブログ「郷原信郎が斬る」にコメント投稿しました 以下に貼り付けます

 昔陸軍 今検察 やうやくこんな国柄が見えて来ました 週刊文春の相澤氏の記事から相澤氏の本を読み それから 郷原先生を知り 図書館から十二冊借りて大まかなことを知り 自分の感想を短くまとめたのが 「昔陸軍 今検察」であります 
 反日教組 反共 尊靖国であることを以て保守とする戦後保守の集大成が「安倍官邸」であることはわかってはゐたものの その背後に検察が存したことは 全くわかりませんでした 
 国有地不当値引き問題の背後にあるのは 日教組の反日教育を叩いてゐるうちに 私たちが反日教育を上回る「理想の教育」を創り出す努力を怠り 籠池氏の様に 安易に「戦前の教育勅語を柱とした道徳教育」を 日本の伝統教育と誤認し そこにすがりついた所にある様に思へます 
 つまり 日教組の平和教育を否定し なほかつ戦前の主知主義をも否定して浮かび上がる「日本の伝統教育(色葉手習)」を 私たちが発見出来ずにゐる所 もう少し突っ込んだ表現をしますと 維新で江戸まで存した「色葉手習」の文化を否定し それとは別の文化を 西洋から取り入れて創り出さうとした所に 問題がある様に思へてなりません
 西洋の法治国家の急造に成功した維新の革命政府軍の功績に着目する余り 維新といふ名の「文化革命」で 江戸までの文化を破棄したツケが 常に出て来る様に思へてなりません 
 近くに於いて見れば治安維持法 共産主義といふ思想に 思想(日本文化)で対決することなく 暴力で「対立する思想」を封じ込めた 裏を返せば共産主義を打破する思想を国民に訴へ こちらの思想の方が優れてゐる かういふ努力をせずに 法治国家の「法の支配」を利用して 維新革命以後 つまり日本の「色葉手習」文化を葬り去った後は 常に 対立する者を 法で裁いて処理する この処理法に限界がある様に思へてなりません
 では どうしたらいいか
 『トクソウ』のドラマで 特捜の部屋に飾られた「一以貫之」 この意味がわからない所に問題がある 「只蟻ノ 人はそのまま仏なり 仏を見れば 只蟻ノ人」 この「仏」と「一以之貫」が 色葉手習文化から見れば 同じであることが見抜けぬ その日本文化の教養の欠落に起因する 解読出来ないのは 和歌はわからない 仏の正体はわからないと決めつけ 「和歌って何」「心仏って何」と 自分の頭を使って 探求することを避け わからないもの 正体不明のものと 決めつけ 自ら「思考停止」する こんな日本国民の知的怠惰にあります 仏が「手の心印」であることは『興禪護国論』や『眞言内証義』を読めば 誰でも一日位で辿り着けます 江戸時代聖人と仰がれたのは 今 国学者と仰がれる本居ではなく「定家」であり それは色葉手習文化から見れば「手い歌」であった こんな議論が出来る人がゐない 私は 今ここで語る「色葉手習文化」に 「法の支配」の限界を乗り越える「心窓」があると考へてゐます
 止まれ 先生のお蔭で 今の国柄を「昔陸軍 今日教組」から「昔陸軍 今検察」へと深化発展することが出来ました 有難うござゐました  
 これからの郷原先生の奮闘 大いに期待してゐます こんな気骨ある人物がゐたことを 自身の塾生諸君に 熱く語り始めました これからの益々のご活躍 心底期待してゐます

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 政府の犬
今日塾長の話を聞いていて 自分は教科書に載っている歴史しか知らないんだなと落胆しました 2.25事件がどういった経緯で起こってしまったのかなど全然知らなかったし知ろうともしていませんでした 今だってそうです 鴨池事件がどういった事件なのかということも知らなかったです 今頃やっと事件の概要を知ったことがとても恥ずかしいです そして検察が政府の闇を塗りつぶしているということも初めて知りました 正義の味方であるべき検察も結局は政府の犬なのでしょうか

窪野楓佳 令和二年四月四日(土)二十二時四分 六十七通
 歴史はドラマ
 信じてゐたものがひっくり返る その連続ですね 真実は何か ただそこを一番大切にして事件を追ふ 明治維新とは何だったのか 大東亜戦争とは何だったのか 森友事件とは何だったのか コロナにはどう打ち克つ武器は何か 自分の頭で 納得した所に落ち着く そしてまた探索 修正 修正の連続で 自分なりのものが出来て来ます 時間はかかりますが 他人の頭で考ふるより深いので 辿り着いた所にどしんと座ると 妙に落ち着きます

岩田 令和二年四月六日(月)一時十二分 六十九通
岩田 令和二年四月二日(木)十七時五十四分 六十五通[左頁(返信)]
古今 新古今 鶴羽實
貫之たちの和歌(古今和歌)
 歌の様 「い指」の「ノ(親指)」
 歌聲 この聲
定家たちの和歌(新古今和歌)
 歌の様 「い指」の「し」「ノ」
 歌聲 ノしノし(四指)この聲(親指)
私塾鶴羽實の和歌()
 歌の様 「ノ」「四し」「羽」
 歌聲 ノ(常世ノ)四し(つ留)羽(皺)

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岩田 令和二年四月二日(木)十六時五十一分 六十四通[左頁(返信)]
歌の様 古都の心
古今和歌集序文
 歌の様=歌ノ様
 古都の心=古都の「こ」転=「い」
 今=い末=ノ=親指ノ

一以貫之
 い以 是を貫く
 「い」を以て 親指の「是(ノ)」を貫く
 貫之たちの歌聲=この聲(親指)

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岩田 令和二年四月二日(木)八時四十七分 六十二通[左頁(返信)]
心の発達
初期の心=へ三しノいし
    =夷の「いし」
終期の心=ノ(親指)釣る(四指)ハ寝(皺)

初期の歌
 清く明るく偉大な心(親指)
中期の歌
 清く明るく偉大な心 夫(四指)
終期の歌
 常世ノ(親)鶴(四指)羽(皺)

 

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岩田 令和二年四月二日(木)八時三十六分 六十一通[左頁(返信)]
心の医師の色葉歌
心の医師を造作=上記左手の「い指」の事
暫くすると 親指の根っ子に「羽」の皺発生
三つの視点
 親指の「ノ」
 四指の「つ留」
 羽の「皺」
三点の歌
 常世ノ(親指)
 鶴(つ留)
 羽(親指根っ子の皺)

心の医師の色葉歌=常世ノ鶴羽

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