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岩田 令和二年四月六日(月)九時二十分 八十通[左頁(返信)]
言弾でコロナを討つ
第一の言弾
 青空=子の日輪偉大
第二の言弾(東和の古典の枠)
 額歌=コの二和偉大
第三の言弾(昔の色葉歌)
 羽皺=この二葉
 い指=い
 空 =大
第四の言弾(令和の色葉歌)
 この二ロ(角丸四角)
 偉(絵良)
 大(紺色日輪)

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 補足
何故 青空を「子の日輪」と言ふか
 古都の「紺色日輪」の「子」だから
何故 天地之詞の「之」を「こん」と読むか
 之は開いて「こん」だから
何故 ~の「いテ」を「居天」とするか
 天地之詞の最終行の「いテ」が「居天」だから
何故 かなカナで字を開くのか
 鎌倉時代の『釈日本紀』に假字は古代より存すといふ文言による
何故 古都がネット色葉ハガキの世界なのか
 日の本の世界=ネット色葉ハガキの仮定採用 

岩田 令和二年四月六日(月)九時五十六分 八十一通
岩田 令和二年四月六日(月)九時十八分 七十九通[左頁(返信)]
令和の色葉三昧
色葉三体
 角丸四角=こノ二ロ
 浮世絵 =偉(絵良)
 紺色日輪=大(王)
色葉三昧
 この二ロ(角丸四角)
 偉(絵良)
 大(紺色日輪)

萬物 古都の日輪に帰る

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岩田 令和二年四月六日(月)九時十七分 七十八通[左頁(返信)]
昔の色葉三昧
色葉三体
 色葉=羽の皺=この二葉
 い指=い
 空=大(心王の意味)
色葉三昧
 この二葉(羽の皺)
 い(い指)
 大(空)

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岩田 令和二年四月六日(月)九時十六分 七十七通[左頁(返信)]
令和の~(推定)
~=「ワく」「申す」
ワク=「色枠」もしくは「額縁の枠」
~の歌
 仏の枠を「コの二和偉大」と詠む

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岩田 令和二年四月六日(月)九時十三分 七十五通[左頁(返信)]
昔の~(推定)
~=「いテ申」す
 =「居天」申す
 =「コノ二ロ 一大」申す
 =「子の日輪偉大」申す
 =「この二葉い大」申す
意味=手の皺こそ「い指」の「王(大)」
昔の~
 手の羽皺を「この二葉い大」と詠む

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岩田 令和二年四月六日(月)九時十一分 七十四通[左頁(返信)]
令和の仏(仮定)
仏=「し小ノ」「イ」<改行 />
 =「七の」「人」<改行 />
 =「七の日都(太陽の都)」<改行 />
 =東和の古典の七つ<改行 />
ほとけ=「ほ」と「け」<改行 />
   =「け」と「ほ」<改行 />
   =「十和ノし」と「小ノご○し」<改行 />
   =「東和の七の五十詞」<改行 />
令和の仏=東和の古典五十字(聲無)<改行 />

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岩田 令和二年四月六日(月)九時十分 七十三通[左頁(返信)]
昔の仏(推定)
江戸の仏の定義歌
「只蟻ノ人」はそのまま「仏」なり
「仏」をみれば 「只蟻ノ人」

只=ロしノ=和しノ=し+ノ=い
蟻ノ=小さい「ノ」=親指立てた「ノ」
人=心父=親指
只蟻ノ人=い指ノ親指=仏

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岩田 令和二年四月六日(月)九時八分 七十二通[左頁(返信)]
天地之詞
「天地」「之」「詞」
「青空」「こん」「司言」
「青空」「魂」「井テ」「トワ二言う」
「青空」「魂」「居天」「永遠に言う」
居天=コノニワ一大=子の日輪偉大

天地之詞
 青空こそ魂 その音は「子の日輪偉大」
 青空=魂=「子の日輪偉大」と仮定した

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岩田 令和二年四月六日(月)一時二十二分 七十一通[左頁(返信)]
籠池氏の本を読んで
篭池+赤澤氏の『国策不捜査』を読みました 一番着目したところは この事件の背景 それを篭池氏は見事に「産経 正論 WILLの狭い世界観に固まってはいけない」と述懐してゐました 私も 戦後保守に一時期浸り そこから抜け出て来た者の一人だったので 篭池氏の気持ちが良くわかりました 私が この戦後保守から抜け出して 平安から江戸までの文化の姿を探し始めたのは 戦後保守のシンボル 靖国神社と 日の丸を疑ひ始めたことに起因します
 靖国神社は 奥羽越列藩同盟をいち早く脱藩した秋田と関係があります この脱藩ば雷鳴義塾の先導にあり この塾は 幕府に布教禁止とされた平田篤胤の神道を學ぶ所でしたが その門下生か靖国神社に流れてゐました 祝詞を見ると 綺麗に仮名文字を所有してゐた夷の「日高見国」が抜けてゐます 夷の日高見を蛮賊として執拗に攻撃したのは桓武天皇 その桓武を一番尊崇したのが明治天皇 桓武以後 蛮賊をめでたい国として見る そんな文化大革命が平安に起こります ですから「大祓詞」には 夷の「日高見」がめでたい国として歴史に登場します しかし 維新革命政府が創立した靖国神社の祝詞には その夷の「日高見国」が欠落してゐる かな文字を所有してゐた夷(『以呂波字考録』)を蛮賊と見たからでせう ところが 大佛次郎の『天皇の世紀』によれば 幕末 諸外国は 東北の東日本政府を正統政府と見て 西郷たちを革命政府軍と見てゐたと言ひます 革命政府軍が執拗に 東北の会津を攻撃したのは 桓武が執拗に日高見を攻撃したのと酷似してゐます 内乱の戦死者も同時に祀るのが風習となってゐましたが 未だに賊軍は祀らぬといふ靖国神社をみると 日高見の夷を蛮賊とみた桓武帝の再来に見えます
 もう一つが革命政府軍が持ち出した「日の丸」 『大和絵巻物語』だったと思ひますが そこに土佐光信といふ方が描いた蝦夷軍が描かれ 蝦夷軍は船に目一杯描かれた日の丸船に乗ってゐますが その姿は人間ではなく 餓鬼畜生でした 十二 三年前に初めて見た時 何かの間違ひではないかと思ひ 何度も見直しましたが やはり 日の丸を国旗とする蝦夷軍は 餓鬼畜生で変はりはありませんでした しばらくして思ひついたのが 古事記に登場する禍津日~(まがつひのかみ)です そこで私は 禍(わざわひ)を「ロ座輪火」と仮定してみました 見事に四角に座する輪の火が「わざわひ」に見えて来ました それまで 日教組と闘ふことを生きがいにして来た私は 日曜祝日には 日の丸を玄関先に掲げてゐましたが これを機に止めました 「日の丸」に「禍津日~」の疑ひを持ったからです 日の丸を否定する左派諸氏が どうして国宝にまでなってゐる土佐光信の蝦夷軍の日の丸に気づかないのか 不思議でしたが 大東亜戦争の侵略のシンボルとして見て来たので そこで思考停止して 別の観点からの日の丸疑義の提案が出来ないのだと思ひました
 戦後保守のシンボルの靖国神社 そして日の丸 この二つを疑ひ始め 産経 正論 諸君等の戦後保守から離れ 江戸 平安の文化の本質を探り始め 「色葉手習文化」に辿り着きました
 維新革命政府が創立した靖国神社 そして日の丸 ここは 新生日本の建設の時 大いに疑ひ 改むべき所だと考へてゐます
  

----返信のお便り----------------------------------------------------------
岩田 令和二年四月二日(木)九時九分 六十三通[左頁(返信)]
心の三弾銃でコロナを討つ
三弾銃
 心の医師
銃の三弾
 常世ノ(親)鶴(四指)羽(皺)

 この心の三弾銃で「コロナを討つ」

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 心の意思で
明日はついに学校です 春休みが充実したのですごい気持ち的には行きたくないです これも心の医師で打ち勝てたりするのかななんて思ってしまいましたが 心の意思で怠惰の気持ちに打ち勝っていこうと思います こうして思い返してみてもやっぱり今年の春休みは去年以上に充実したなと感じます 数学ですね 去年はもうヒーヒー言いながら数学解いていたので少しは自分の頭で考えて解くことができるようになったのかなと少しだけ成長を感じました

窪野楓佳 令和二年四月五日(日)二十時三十三分 六十八通
 自分の頭
兎に角 自分の頭
出来るだけ自分の頭に頼って見て下さい
分からないときは 青空
おーいおーい 教へてくれよーと
青空に 心中で叫ぶ 
青空が 何かしらヒントをくれます
或いは 心の「意志」を造る
じっと待つと 何かヒントくれます
明治開国以来 理性中心で
青空に頼んだり 心の「意志」に頼る
日本古来の文化が 
くだらぬものと破棄されて来ました
大いに 日本文化を利用してみて下さい

岩田 令和二年四月六日(月)一時十八分 七十通
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