ニホン庭園から得た
東和の古典
 発行 私塾鶴羽實
 郵番 四三八ー〇〇八六
 住所 磐田市見付二七八六
 電話 〇五三八ー三三ー〇二七三
 FX 〇五三八ー三一ー五〇〇三
 電信 logosアmvbドbiglobeレneスjp
 編者 岩田修良
 カナ ア=@ ドレス=ドット
東和の古典
家に置くだけで
人の心を清く明るく偉大な心に導き
暮らしを とことん豊に導く
そんな「偉大な和が国の詞」
名づけて「東和の古典」を開発しました
効能 大いに疑ひながらも
うっそー こんな文字が とコケにしながらも
ご自身のワープロで作られるか
手書きされ 家に置いて見て下さい
但し 字体や順序は絶対厳守
書体は明朝体
玄関にて無料配布開始
私塾鶴羽實の玄関にて
年中無休 二十四時間
「東和の古典」の無料配布を始めました
サイズは 全て ハガキサイズです
玄関を ご自由に開けられ
ご自由に 必要なだけ お持ち帰り下さい
貧苦 心苦 病苦のいづれかでお悩みの方は
是非 効能大いに疑ひながら ご利用下さい
祈ることなく 歌ふことなく
唯 何気に 家に置くだけ
あっ と思ひ出された時 お立寄り下さい
東和の古典の特長
憎しみ持って 踏みつけても
押し入れに しまひ込んでも
ゴミと認識して ゴミ箱に入れて置いても
手厚く 奉っても
語体満足であれば 「字の偉力」に 変はりなし
また 「東和の古典」を
どれだけ コケにしても
どれだけ 罵倒しても
罰が当たることは ありません
「字の偉力」と「人の思ひ」は 無関係だからです
どうやって開発したんですか
 初めは萬物「あべまき」に往生す こんな仮説を立てて 庭に「あべまきの森」を作り 「萬物の木の往生」を研究してゐました さうしたら 生物が進化する様に 「萬物の住処」が 次々と進化し 最後には 「六つの住処」が出て来ました この「六つの住処」を 悉く「和字」に進化させたものが 「東和の古典」です さて その和字の六つの和王を「五王」と 「六王」に分けて研究を進めたら 平安時代に流布した「天地之詞」と「色葉歌」で 綺麗に裏付けが取れたので 自信以て公開することにしました 詳解は後にあります
病の苦が消へる


置けば消へ
置かねば消へぬ
病の苦
煙る灰釣る
大事な人々



 
ネット販売始めました
ご自身で作られた方が
金額的には お安く出来ますが
開発者の手が入った物がいい
そんな縁を大切にされる方のために
ネット販売することにしました
サイズは ハガキサイズ 高級額縁に納めました
代金は 原価額縁送料税込代金千八百八十円に
語飛躍縁(五百円)を上乗せした料金
ご希望の方は
 電話〇五三八ー三三ー〇二七三
 私塾鶴羽實 塾長 岩田修良まで
 お支払は 品物到着後同封の払込用紙にて
 
私塾鶴羽實とは 
 磐田南進学専門塾として始めて二十二年 ここ数年 従来の授業が成立せぬ生徒諸君の入塾で 四苦八苦 単なる補習塾になりかかり 生徒諸君の学力向上を 一時期 本気で諦めかけてをりましたが 生徒諸君をトコトン伸ばす技法をようやく開発して 再び磐田南進学専門塾としました
 生徒を伸ばす技法
一 ご家庭に額入「東和の古典」無料進呈
二 生徒は「色葉ネットハガキ」で毎日日記を綴る
三 宿題は「基本英文集の暗誦」が柱
四 通常授業は 常飛独習
五 志望校は本人に任すも磐田南が原則
私塾鶴羽實 入塾ご希望の方は 



詳しくは 
〇五三八ー三三ー〇二七三
私塾鶴羽實まで

 
まへがき
 「東和の古典」とは 「東の和が国の古典」すなはち「夷の古典」といふ意味で 「六王」は「六」を開いて「リく王」で「陸王」 字面から見ますと 全て陸の王者に見えますが 一つ「離苦王」の「笑士」がをり 陸王五つに 離苦王一つ 合はせて「六王」 さて「六王の曲」ですが 是は全て「ノシノシコノコエ」 ところが 聲の持主は六体 そこで 空海が「萬法一切悉く言文なり」と言ふ様に 六体の聲を「和字の王」へと格上げしました したがって 上記和字六体は これより語る六つの「往聲」の六つの「和字の王」とお考へ下さい 今風に言ひますと
六つの「和字らの仏さま」と言へます
一の和王
主に天竜川以西に自生する「d」
開いて「日ハ木ノ王」
直して「庭木の王」
後生往聲の始まりである

山のdの和の王聲 ノしノし 木の聲

 
二の和王 




庭のdの王聲 ノしノし この聲

こ=風=二和=庭
三の和王
隣の葉狩りの檪



檪の王聲 ノしノし 木ノ聲

ノし=幹と枝の姿詞
四の和王
葉狩りの落ち葉は 
常飛(トコトン)湯煙り高く舞ひ上がり
遂に
ビッグバン以前の「日の本の国の色葉」となるも
やがて 青葉は散り 寝る王の「笑士」となる

笑士の王聲 ノしノし こノ子へ

ノしノし=頭の「○」の輪郭ノ姿詞
こノ=「眉」「鼻」の姿詞
子へ=眉子口へ=子へ(略字)
 
落ち葉の音色で祖国に帰る葉っぱたち
落ち葉の音色は 常飛湯高(とことんゆたか)
常飛湯高
「湯」煙り「高」く昇って「青空」に辿り着く
是は常識
「常飛」は「常識飛越」の略語なれば
落ち葉は 常識飛越 
ビッグバン以前の「日の本の国」
なんと 「ネット色葉ハガキの色葉」に辿り着く
そして やがて「色葉」は 散り
常飛湯高(おんこう)な離苦王笑士に帰る
以下 色葉歌にて証明
日の本の国の色葉歌 一句
色葉「にほへ」と散り寝るを
色葉「へ三しのこへ」と散り寝るを「ー」
色葉「笑士の聲」と散り 寝る王

笑士の往生 ノしノし こノ子へ
日の本の国の色葉歌 二句
わかよたれそつねならむ
はが余 誰?租 常鳴無
「葉が余」 誰?「租」 常に鳴ら無い

 はてさて「色葉の私」の「生みの親」は 誰でしたっけ? それは「檪の落ち葉」でした 「常飛湯高」な音色に乗って 文字通り常識飛越 日の本の国の「色葉」になりました しかし その「葉が余」の私も散って 今は「笑士」の「ノしノしこノ子へ」となったので もう その音色は常に鳴りません
日の本の国の色葉歌 三句
うゐのおくやまけふこえて
有為「乃」奥や「末」「京」語得て
有為「フカ3鳥」奥や「木ト」「キーロ」語得て
有為「深緑」奥や「古都」「黄色語」得て
日の本の国の色葉歌 四句
浅き「夢見路」  詠もせず
浅き「いめみじ」 詠もせず
浅き「一芽三じ」 詠もせず
浅き「1芽三字」 詠もせず

結論
日の本の国
笑士の王聲のみ ノしノし こノ子へ
 
五王の前奏 草の正体
日の本の国王「笑士」又の名を「青人草」
日の本の国から飛び出ると
青々茂る草となる
だから 古代の夷人(いじん)は
「草々」を「青人草」と呼び 尊び
その「ヒ止火戸」を納める「此炉」を作り
そこに「日の本の国王」の「笑士」を納めた
だから 夷人は「日ノオオ」を集めて
「草」と言ふ字を作った
今 草は毒殺されてゐる
何の罪悪感もなく毒殺されてゐる
日の本の笑士を救へ 日の本の民
五の和王 
心は こころ
こころは 此炉
此炉は ヒ止火戸
ところで
心は へ三し
へ三しは えみし
えみしは 笑士
笑士は 日の本国王「ノしノしこノ子へ」

その○王の王聲 ノしノし 小ノ小へ
六王の前奏 此炉の和訳
ココロはロココ
ロココは炉此
炉此は「ニハトコノ八寝のこへ」
炉此は「庭床の屋根の聲」
よつて 「心の旅」は
「此炉」から「庭床の屋根の聲」に飛ぶ
六王
「庭床」の「屋根」
「にはとこ」の「八音」
にはとこ=ノしノしこノこへ○
和(ノしノしこノこへ)
  のしのし このこえ
和=木へナし
 =こへなし=聲無

六王の聲無往生 のしのし このこえ
一話の往生論
 山のd(往聲開始)
一王 ノしノし木の聲(王聲往生)
 庭のd(往聲)
二王 ノしノしこの聲(王聲往生)
 隣の檪  葉狩りの檪(往聲)
三王 ノしノし木ノ聲(王聲往生)
 ネット色葉ハガキの笑士(往聲)
四王 ノしノしこの子へ(王聲往生)
 此炉の個々炉(聲無往生)
五王 ノしノし小ノ小へ(王聲往生)
 庭床屋根(往聲)
六王 のしのしこのこえ(和王の聲無往生)
第二話 まへがき
 「六王」を この世に登場させてから「天地之詞」を読み返しますと この「六王」を そのまま利用して語る「天地之詞」に出会すことが出来ます 色葉歌は ネットハガキが無い時代とある時代の二つに分けて語ります ネットハガキの無い時代の和訳は 「アテルイ」と「ものの夫」を使つて簡単に和訳出来ますが 今に「東和の古典」が残ってゐないので 「五王の表記」に誤りがあったか 或いは 題名の「東和の古典」が導けなかった このどちらかの誤りで 世の中は 貧心病苦に萎えむ世界になったと思はれます よつて世界の混乱は
 日本人の知的怠惰にあつたと思はれます
天地之詞の字体
天地
星空
山川
峰谷
雲霧
室苔
人犬
上末
ゆわざる
を不世よ
江乃○於
奈禮居天
人犬 上末
人=眉の姿詞
犬=ト折ハノこ転
 =東和の古典
上=テ
 =天=太陽
末=六オー
 =六王
和訳
 眉の本性は「東和の古典」
 天の本性は「六王」
ゆわざるを不世よ
ゆわざるを=言わざるを
不=人二
 =人に
世=しラセ
与=よ

和訳
 東和の古典と六王が揃ふと「言技」も
 「言わざる詞」になるを人にしらせよ
 
江乃○於
江乃○於=「シ後の世」は「於」
   於=へ身しノいメ身流(一度)
    =ト折ワし小ノじ(二度)
    =笑士の夢見る「東和の七の字」
和訳
 「シ後の世」は 笑士の夢見る「東和の七の字」
笑士が夢見る「東和の七字」
萬物 常飛 高く昇って 
ビッグバン以前の「日の本の色葉」に帰り
「色葉」散りて後 散り寝る王となり
そこで 笑士が夢見る「東和の七の字」となるか
奈禮
奈=ト折ハノこ転ト六オー
 =東和の古典と六王
示=いへ二ヲく蛇ケデ
 =ト小とン
禮=豊デ
 =清く明るく偉大

奈禮の和訳
 「東和の古典」と「六王」
 家に置くだけで
 とことん 豊で 清く明るく偉大
奈禮居天の和訳
居=ナく等しヲ
天=へ流コト鍬
 =得ること可

奈禮居天の和訳
 東和の古典と六王
 家に置くだけで
 とことん豊で
 清く明るく偉大な暮らしを
 得ること可
 
奈禮居天 作者用の和訳
 奈=津くリ寝しハ
 豊=きよく あか流く 一大
 示=ナ ハ字 ヲ
 居=鍬く 二 レテ
 天=コハく
 居=エん上
 示=寝津トハンバーデ とことン
 禮=豊デ温高
 奈=ナくラし
和訳 作り主は 清く明るく偉大な和字を 額に入れて 五百円上乗せ ネット販売で
常飛 豊で温厚な暮らし
天地之詞の和訳正訳
人の眉の本性は「東和の古典」
太陽の本心は「六王」
「言わざる」を 人に知らせよ
「死後の世」は「笑士」が 夢見る東和の七字
「東和の古典」と「六王」
家に置くだけで トコトン豊で
清く明るく偉大な暮らしを得ること可
天地之詞の和訳のあとがき
 私の東和の歴史観 「五王」は 東北の夷人たちが所有 しかし 題名は「東和の古典」ではなく 「日本」もしくは「永遠榮詞」 当時の「諺」は「言技」で 永遠に言う「言技」 その後「五王」は滅ぶ 江戸は「天地之詞」の題名で 「和王」の姿は 「のこのこのしのし」に変化 是が「犬も歩けば棒に当たる」等の諺として大流行 やがて 日本文化破棄西洋崇拝の明治自虐革命を迎へ 昔の「言技」休眠 皇国史観は 幕府に布教禁止とされた平田神道の雷鳴義塾の信奉者達が 靖国~社の神官等となり 過去にない「天皇を生き神とした神道急造」
 令和二年 東和の古典 史上初登場
色ハ歌の一句
いろ=「3ク」
ハ=眉ハ 集めて煙らし
にほへ=十○ノこてン
ちり =ハ一ヲつり
ぬる =3く○やがて
を  =きへ流

一句
 眉「ハ」 三苦集めて煙らし
 「東和の古典」 灰を釣り
 やがて 三苦は 消える
色ハ歌の二句
和が世 誰?租=アテルイ
       =ア天流一
       =ア転流「一」
           「奈」=ごノ大
アテルイ=五ノ王
五ノ王
 ノしノし木の聲(野山のd)
 ノしノしこの聲(庭のd)
 ノしノし木ノ聲(隣の檪)
 ノしノしこノ子へ(青人草)
 ノしノし小ノ小へ(此炉)

色ハ歌の三句前奏
へのへのもへじ
のしのしこノこへ和し
(のしのしこノこへ)和詞
のしのしこのこえ
故に へのへのもへじ=のしのしこのこえ
「羽衣」の奥や「ま」
「羽衣」の奥や「ま」
「ハゴロモ」の奥や「ヘノヘノ父」
「八語の二王」の奥や「へのへの父」
「へのへの父」=のしのしこのこえ

なるほど 和王は八語二王の後に居る
 ノしノし木の聲
 ノしノしこの聲
 ノしノし木ノ聲
 ノしノしこノ子へ
 ノしノし小ノ小へ
 のしのしこのこえ
「けふこ」「えて」
けふこ=けふ小
   =トハノいノち
   =永遠の生命
えて =こへナし
   =聲無
「浅き夢見路 詠もせず」
四句=末言
  =真言
  =浅き「夢見路」  詠もせず
  =浅き「一目見字」 詠もせず
浅き世界=東和の古典
その世界の「一目見字」 詠もせず
和訳
 念のために言って置きますが
 東和の古典の末言の「一目見字」も
 詠ずることは ありません
色ハ歌完訳
眉は 貧心病の三苦集めて煙らし
「東和の古典」は その灰を釣る
やがて 「三苦」は 消える
和が世の租のアテルイは「五ノ王」
「へのへの親字」は「のしのしこのこえ」
永遠の生命は 聲無
東和の古典の「一目見字」も読みません
第二 色葉歌 前奏
「日の本の国」は
何故 大爆発したのか
音色の世界から
音色の無い世界へ移住したかったのだ
「青葉」と「黄緑葉」は 「東和の古典」に
「黄葉古都」は「五王」に
「双葉」は「和王」になって移住完了
ここの移住が完了すると
「東和の古典」と「六王」は
「永遠の息の風」となり
この世を 常飛 繁栄させる

第二 色葉歌 四体確認
一体
 本文 青葉の「色葉」
 題字 黄緑の「色葉」
二体
 黄葉「古都」
三体
 笑士の「双葉」
四体
 笑士が夢見る「東和の七字」
色葉歌 一句
色葉「にほへ」と散り 寝る「を」
色葉「東和の古典」と散り 寝る「をー」

色葉=青葉と黄緑葉の文字

一五〇億年の時を 常飛 駆け抜け

ネットハガキの「色葉」は
「東和の古典」へと散り
「寝る王」となる
色葉歌 二句
和が世誰租 常鳴無
誰が「和世」「租」 常鳴無
誰が「古都」の「都」?「東夷の五人」 常鳴無

東夷の五人
 ノしノし木の聲(山のd)
 ノしノしこの聲(庭のd)
 ノしノし木ノ聲(隣の檪)
 ノしノしこの子へ(笑士)
 ノしノし小ノ小へ(個々炉)

和世=古都の都 租=東夷の五人
三句 「羽衣ノ奥」「矢ま」「京語得て」
羽衣ノ奥=「ハーノ」奥
    =「笑士」奥
矢=ー
ま=のノ二和
 =「のの」二葉
京語得て=六ノロ語得て
    =六の和語得て
和訳
 笑士の奥「ー芽のの葉」は 六の和語得て

三句 「羽衣ノ奥」「八ま」「京こえ天」
羽衣ノ奥=「はいノヲく」
    =「五詞の語句」
八ま  =「ハま」
    =「のハ二ツ」
    =「の」は「二」
京こえ天=「小」を「こ」 「へ」を「え」「にして」
三句の訳
 笑士の奥「ー芽のの葉」は
 五詞の語句
 「の」は二つ 「小」を「こ」 「へ」を「え」にして
 六の和語得て
 
四句 あさき夢見じ
「あさき」夢見「じ」
あきさ=あきさ
   =十の へ三し し十
   =父の笑士 始終
夢見 =夢見る
じ =し小ニ
  =七字
和訳
父の笑士 始終夢見る「七字」
四句 ゑひもせず

ゑ=い目ワ
 =今は
ひ=鍬三ノ
 =かみの
 =紙の
も=も字
せ=ノ七
ず=ト○ノ「いノ小」
 =永遠の生命

 今は 紙の文字の七「永遠の生命」
色葉歌 四句




父の笑士が始終夢見る「七字」


今は 紙の七文字 永遠の生命
第二色葉歌 完訳
舞台は今言ふ「サムシンググレート」
ビッグバン以前の「日の本の国」
そこは「ネット色葉ハガキの世界」
ここから「音色の無い世界」へ常飛進化
本文青葉 題字な黄緑葉は「東和の古典」
古都は「東夷の五人」
笑士の奥「ー芽のの葉」は 「の」は二つ
五詞の語句の「小をこ へをえ」にして六語得て
父の笑士が始終夢見る「七字」
今は 紙の文字の七 永遠の生命
豊さは 額に納める数で 変はる
豊かさはどこで変はるのか
禮=豊サハ
奈=十くニ長メ流
 =加くに納める
 =額に納める
居=十デカ
 =「父」でか
 =「かぞ」でか(父=かぞ『以呂波字考録』)
 =「数」でか
天=ハル
豊さは「額に納める数で変はる」
豊さは 家に貼る数で 変はる
豊かさはどこで変はるのか
禮=豊サハ
奈=いへニハル
 =家に貼る
居=「父」でか
 =「かぞ」でか(父=かぞ『以呂波字考録』)
 =「数」でか
天=ハル

豊さは「家に貼る数で変はる」
清く明るく偉大な心も ネットハガキの数で変はる
豊=きよくあか流く一大
 =清く明るく偉大
示=ナこ転も
=な心も
奈=寝ツトハ書ノ
 =ネットハガキの
居=数でか
天=ハル

清く明るく偉大な心も
ネットハガキの数で変はる
 
もっと簡易な偉大な心の育成法
 色葉ネットハガキはパソコン スマホといふ道具が無ければ出来ません 真の心技は 今 直ちに誰もが実行出来る技でないと 本物とは言へません そこで「奈禮居天」を再読しますと
豊=清く明るく偉大(解済)
示=ナ三ハ小ノつ寝
奈=ヲきく
居=数でか(解済)
天=はる(解済)
 お寺のお堂 コンサート会場 卒業式 山奥の静けさの中で ツーンと耳に聞こえる音色の
「津音」が 心の都の音
今すぐ出来る最高の心技
耳を澄ます
じっと聞く
しばらくすると ツーンと耳なる音が
聞こえてくる
慣れて来ると うるさい位に聞こえて来る
この耳鳴る「津音」が 心の都の「都音」
この「都音」を聞けば聞くほど
清く明るく偉大な心が育つ
こんな身近な音色の聞き取りに
最高の心技が あったんですね
連られて 心がスッキリ解読出来ました
心を解析
心=つ寝にきくしーン
 =常に聞くシーン

耳を澄ませば
どこでも聞こえる
しーん
聴けば 聴くほど
清く明るく 偉大な心
安心を解析
心=常に聞く「しーん」
安=ニく等ス
安心=常に聞く「しーん」に暮らすと安心
ちやうど ウィルスで大騒ぎの時
不安な方は 是非 耳を澄ませて
常に聞く「しーん」に暮らしてみて下さい
多分 安心して暮らせると思ひます
慣れて来ますと
うるさい位に 聞こえて来ます
「天地之詞」から発見した「物心共に豊になる法則」

暮らしの豊さは
 「東和の古典」を 額に納めた数に比例する
 「東和の古典」を 壁に貼る数に比例する

清く明るく偉大な心の豊さも
 しーんと耳なる音を聞く数に比例する
 色葉ネットハガキの数に比例 内容無関係

人の思ひと豊かな法は 全く無関係

令和二年 二月十八日
暮らしの豊かさの検証始まる
 私塾鶴羽實では 私論を検証するために 令和二年 二月一七日より 壁や掲示板や引き戸や天井等に 沢山の「東和の古典」を貼り始めました また 「東和の古典」を 貼るか 貼らぬか その事実だけに関係するならば 紙質にも無関係であると判断し 一番安いハガキに「東和の古典」を印刷して 毎日 どこかに 貼り続け 私論を検証してみることにしました
 よつて 私論に戸惑ひを感じられる絶対多数の方々は 私塾鶴羽實の実際の検証を ご覧になってから実践してみてください
色葉ハガキでの心の育成の事例
 色葉ネットハガキ 塾生四人の使用談話
一 心が落ち着くから継続して書きたい
二 どのサイトよりも 色葉ハガキが落ち着くし 深く考へられるので 続けて書きたい
三 自分と向き合ふ時間が楽しいし 深く自分の人生を考へられるから続けたい
四 一日の終はりに書くと 一日が整理されるし 明日どうしようか そんな考へが浮かんで来るし 書いてゐる時は心も調子がいい
「しーん」聞く偉大な心の育成事例
 これから集まりますが ちょっとしたイライラや 情緒不安定なら 静かに耳を澄ませて「しーん」といふ音を聞けば 十分程度で落ち着くのではないか 不眠症克服の事例は 発見したばかりで ありませんが 多分 寝る時に 耳を澄ませて「しーん」といふ音色を朝まで聞く覚悟で横になれば 知らず知らずの間に 寝入ってしまふのではないかと思はれます もちろん 「東和の古典」を丁寧に書き 壁に貼るか 額に入れてからお試し下さい その他 今後の事例報告をお待ち下さい
笑士の「往生」の修正
 笑士は ハガキの世界で「ノしノしこノ子へ」の姿で生きてゐますが そこから飛び出し 「かま土」で往生します つまり「かま土へ」往きます 是を和字で表現したものが「ノしノしこの子へ かま土へ」 よつて 笑士は「ノしノしこの子へ」の和字で往生と考へました


令和二年 二月十九日
あとがき 
 古代の夷人が考へた苦は 四苦八苦ではなく 貧心病の三苦 眉は この三苦を集めて煙らす その煙りの「灰」を「東和の古典」が釣り やがて三苦は消へる この「夷人」の 苦集滅道発見出来ず 人類 貧心病苦に喘(あへ)ぐ ならば この世の荒廃 「色葉歌の一句」訳せぬ日本人の知的怠惰による 本論 今は唯の戯言 「東和の古典」は もらって不愉快 捨ててスッキリ 唯のゴミ されど 事実唯真とあるが如く そのゴミがもたらす事実によって ゴミの評価も変はるだらう その評価の変化と 世の中の変化 この二つ
の変化をじっくり この目で確認したい
あとがき 
 「東和の古典」は 庭に「dの森」と「庭床」 隣りに「葉狩り檪の森」と「此炉」 この四つの品々から生まれました まさか こんな結論になると思ってもゐませんでした 春になると 檪が勢ひ良く 数千規模の数の葉を出します 刈るタイミングを研究しながら葉狩り三昧 草取り三昧の日々が しばらく続きます 私論=戯れ言の結果が出たら また 草取りしながら 日本文化を探る予定ですが しばらく 次の発想は 出て来ません 是で日本の心の探求が終了となることを期待してゐますが これから起こる現実を見て
駄目な時 潔く私論を否定するつもりです